唐津生活1年生 宮崎渚のプロフィール

坂元棚田

どうも、佐賀県唐津市に最近引っ越してきました。渚です。

令和元年の幕開けに合わせたか如く佐賀県唐津市に移住しました。

自己紹介として、今回はこれまでの私の経歴をご紹介します。それでは、張り切ってどうぞ!

宮崎県日南市生まれ、日南育ちの日南人!

太陽と海 みどりの山々 歴史と文化のかおる都市

海山川 目に入る全てが自然に溢れている田舎町が地元

私が生まれ育った宮崎県日南市は人口5万人程度の小さな港町です。

近年でこそ商店街周辺の地活性化や

広島東洋カープ・埼玉西部ライオンズのキャンプ地として

各種メディアで取り上げてもらっていますが

いわゆる田舎に分類される小さな小さなまちです。

野球一筋の小中高学校時代

そんなまちで、幼稚園から高校までを過ごしました。

小学2年から11年間続けた野球では、弱小チームでしたが毎日のように汗を流していました。

父が兼業農家であったことから

小学校時から漠然と「自分も地元で働きながら農家やるんだろうなぁ」と思っていました。

シビックプライドの醸造

将来は地元で働くと思いつつ、福岡にある大学に進みました。

中学時代の恩師に憧れもあって教職課程をとり、無事商業科教諭の免許を取ることができました。

免許を取ったものの、教諭以上に興味のあった地域づくりや観光を仕事にしたいという思いが強くなったのも大学の時です。

この頃の地元に対しての思いが、自分たる一つのアイデンティティになっていったように思います。

会社という組織の怖さを知った就職先

地元企業への就職

就職活動は地元企業を中心に面接を受け、地元ホテルへの就職が決定しました。

フロントスタッフとして、チェックインやチェックアウトはもちろん

プロスポーツチームキャンプや学生合宿の受入も担当しました。

スポーツ王国宮崎であることで体験できる業務も沢山やらせてもらっていたように思います。

そんな中、新卒ルーキーにはショッキングな事件が起きました。

組織の人間として

職場内外問わず誰からも信頼され、私自身も尊敬していた上司が突然退職しました。

理由は不祥事の責任を取っての退職でした。

その上司は直接的に悪くはなく、立場上責任をとってということだったのです。

ホテルマンとして鏡だったような人がいなくなった職場でしたが

何事もなかったかのようにそれまでの日常が再開しました。

「あれ、会社ってこんなんなんだ」組織の人間の在り方に疑問を感じた瞬間でした。

より地元。日南市で観光を仕事に

体験型観光という流行り

そんなタイミングで地元日南市で観光業に係われる仕事の募集を発見しました。

受験し、内定をもらえたタイミングでホテルを退職。

今思えば安直だったのかも知れないけど

雇用条件も良くなったのでまぁ良かったのかなぁと思います。

新しい仕事では着地型観光が流行り出していたこともあり

日南市だから体験できる観光プログラムの開発が主な仕事でした。

地元だからこそ繋がれる人も多くいて、仕事にやり甲斐も持って取り組んでいました。

参加者から企画運営者へ

その後、地元で開催される2大イベントなどを担当させてもらえるようになりました。

小さい時から友達や家族と参加していたイベントを企画運営するという

元より地元で働こうと思っていた私にとってはやりがいも感じて仕事をしていたように思います。

そんな中、大きな人生の転機が訪れました。

新たな軸の誕生。いざ、佐賀県唐津市へ

結婚と子供と地元と

転職をして日南へ帰ってきたタイミングで結婚をし

子どもが誕生しました。

そして、様々なことを踏まえて地元を出ることを決意しました。

小さい頃から地元で働くんだという思いを一つのアイデンティティとして

捉えていた私にとっては簡単な判断ではなかったのですが

色々なことを踏まえて移住を決心したのです。

どこか他人事。なのに自分達事

それからは早いものでした。

職場に退職の相談をしたのですが

ホテルの時ほどではないですが、わりとあっさり受け入れられてしまって。。

引っ越しもあれよあれよと進み、

車で5時間。

辿り着いた先は、どこか見覚えのあるような松林の続く道の入り口にあるアパートでした。

令和元年。心機一転。

そんなこんなで、これから唐津生活が始まろうとしています。

今回転職と合わせてこのブログも始めていくこととしました。

地元で働きたいと思っていた私が、どうしてもコンプレックスとして捉えていたことがあります。

それは収入です。

田舎なりの相場感での給料だったので

贅沢を言わなければ生活できたのでしょうけども

これから子供を育てていく一人の親としては心もとない収入でした。

ちょっとでも足しになれば。。という思いからブログを始めようと思いました。

もちろん、簡単なことではないと知ってますが

れまでお世話になった地元を紹介しつつ

これから暮らしていく唐津のことを自分自身が知れる機会になる

なぁと思ったということもあります。

また、自分の文章能力も高めれるかなぁとも思っています。

現状維持は後退。それでも維持は大事。

坂元棚田。曾祖父母の時代に作られた棚田であり今の私の原点です。

そして何より続けること。

幸いに私にはモチベーション高めの知人が多くいます(笑)

その人たちにも負けないように、

3日坊主な私ですがちょっとずつでも記事上げていこうと思っています。

ぜひお時間のある時など、ご贔屓いただけると幸いです!

坂元棚田

日本棚田百選にも選ばれた坂元棚田米おいしさの秘密

2019年5月26日



移住1年生 宮崎渚の原点

平成元年生まれの私ですが、令和元年の幕開けに佐賀県唐津市に移住しました。地元にこだわって仕事をしてきた私がなぜ移住をしたのか。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

宮崎県日南市生まれ。 令和元年5月より佐賀県唐津市へ移住。 地元日南市の観光やグルメをメインとした情報や佐賀県唐津市の情報をお伝えします。初心者なので少しずつになるかと思いますがどうぞご贔屓に。